「うっわぁ!凄いよ、父さん。星が落ちてきそうだよ!」
とある天文台へ向かう一組の父子。
その途中の道で息子は父親に大きな声でそういった。
「はは、こうして輝いている星達は落ちてはこないさ」
前に教えただろう?と、父親は息子の頭をポンポンと優しくたたく
彼は頷くが、ちょっとふくれっ面だ
「わかってるけど、本当に落ちてきそうで凄いんだ」
そんな息子に父親はほほ笑んで、同じように夜空を見上げた
「いいかい、この空をよく覚えておくんだぞ?」
彼は父の言葉に、不思議そうに首をかしげる
「もしも一人っきりになってしまったと感じた時、この満天の星の中に皆いてお前を見守っているから・・・」
目の前の父が、ふっと消えそうな・・・そんな衝動に駆られて、息子は父の手をぎゅっと握る
どうした?と、彼の顔を見る父親。
普段は厳しいが、こうして星の話をする時は優しい笑顔になる
そんな父が彼は大好きだった
「父さん、肩車してよ。もっと高いところで見たいよ」
仕方ないな。と笑って、彼を肩に乗せる父親
「ねぇ、父さん」
彼は耳元でそっと言う。
「僕にとって、父さんはオリオンだからね?」
「はは、それは嬉しいな」
父親は嬉しそうに笑った・・・
肩にそっと暖かい何かが触れる。
それが何なのか確認しようと、俺はゆっくりと目を開けた。
「・・・しまった、寝てたのか」
『星月夜』寮の屋上。そこには同じ名前のクラブの部室がある。
その東屋には高感度の天体望遠鏡が備え付けられており、簡単な観測ができるようになっていた。
「ここで寝ていたら、いくら初夏でも風邪をひきますよ?風魔さん。」
『暖かい何か』は、同じクラブの後輩である麻生澪音が持ってきたショールだった。
あぁ、そうだな。と、目を擦りながら小さくため息をついた。
夜空は、子供の頃に見たあの星空には程遠いが、それでも多くの星が輝いている。
(どうやら懐かしい夢を見た原因は、この星空だな)
観測記録を書いていたノートや資料を片付けながらふと良い案を思いつき、そっと小さく微笑む
「麻生、この後予定がないなら『夜空の散歩』に付き合ってくれないかい?」
「『夜空の散歩』ですか?何だか素敵な言い回しですね」
頷いて彼女がそういうと、父親が言ってた言い回しなんだ。と、俺はほほ笑んで答えた。
「本当に星が好きなのですね」
ただ黙って夜空を見上げている俺に、麻生はそっと話しかけてきた。
俺はほほ笑んで頷くと、もう一度夜空を見上げる。
「きっかけは親父が教えてくれたことなんだがな。」
星空を見ながら話をする親父の顔が穏やかで優しかったのは、子供心に安心したのを覚えている。
そして何より、長い時間話せることが嬉しかった・・・。
「初めに教わったのはオリオン座だな。一番わかりやすい星座だ」
「えぇ、それは蓮花ちゃんから聞いたことがあります。風魔さんがそう言ってたって。」
蓮花ちゃんにも一番初めに教えたんですよね?と、麻生がほほ笑んで言うから俺は、まぁな。と少し苦笑する
たぶんそれは俺が中等部に入って間もないころだったと思う。
入学祝で姉貴に買ってもらった初心者用の天体望遠鏡で星を見ていた時だ。
思い出すと懐かしくて、思わず笑ってしまう・・・
「あら、何か楽しいことでも思い出しました?」
彼女の言葉に肯定の返事をすると、もう一度微笑んだ。
麻生が自室に帰った後も、もう少し俺は夜空を見上げていた。
煌めく星の中で太陽の光を受けて輝く惑星の姿もある。
惑星は恒星の子供達と言っても良いと俺は思う
岩石の元となるものは、恒星が死を迎えるときにできるものらしいからだ。
『あぁ!幾千万の星達よ。我が愛する者達よ。
なぜそなた達はそこにあり、我だけこの地上にいるのか
なぜそなた達は長き時を生き続け、我ははかない命なのか
嘗ては同じ場所に生まれ、同じ時を生きたというのに!』
誰もいないことを確認してから俺は、少し演じる様にそのセリフを紡いだ。
これは俺が子供の頃に見た、とある劇中の青年のセリフ。
美しい星に恋をした青年の話で、子供心に凄いと思ったから覚えていた
俺はもう一度出会えるだろうか・・・
この青年が恋をしたような美しく輝く恒星に
いや、出会えるように俺自身も明るく輝こう
誰かに支えてもらうのではなく
お互いを支える・・・そんな関係が保っていけるように
今あるものを守りながら
もう一度出会うかもしれない俺だけの『輝く星』を守り切れるように
一緒に輝いていけるといい
その長い時の終わりまで・・・